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経営

【前編】覚悟をもって改革を実現させ、“下着のワコール”を超え、社会に必要だと認められる企業を目指します

  • 矢島 昌明Masaaki Yajima

    (株)ワコールホールディングス
    代表取締役 社長執行役員

ワコールグループの現在地

中期経営計画の見直し(以下、中計リバイズ)を発表してから約1年、掲げた基本方針を着実に実行に移してまいりました。具体的な成果が出現するまでには時間を要する取り組みもありますが、これまでの当社内の当たり前を見直し、新たなアプローチに挑戦したことで、成功事例も出始めています。一方、その間に当社グループは、二度目の早期退職という、痛みを伴う改革を実行しています。株主や従業員をはじめとするステークホルダーの皆さまにご心配をおかけしていることを重大に受け止めています。
 当社グループが中計リバイズで進めている改革は、どれもその方向性に間違いはないと確信しています。しかしながら、社内には戸惑いや不安を感じる従業員もおり、変革を進めるうえで現場に混乱や衝突が生じていることも事実です。この状況に対し役員がすべきことは、なぜ今、改革が必要なのかを丁寧に説明し続け、行動を後押しすることです。たとえすぐに良い成果が得られずとも、妥協せずトライしたのであれば、その行動は大いに評価します。直近では自身の意見を積極的に示す従業員も増えてきており、上長や経営陣が一人ひとりのチャレンジに耳を傾け、認めることが、従業員のマインドを変え、ひいては会社の風土を変えていくことにつながると考えています。
 これまで当社グループは、業績が低迷しながらも、課題に対する改革を徹底してやり切ることができませんでした。その要因の一つ目は、明確なKPIが設定できていなかったことです。定めた目標に対しどのようなプロセスを踏み、どのような結果が得られたのかを、より明確に把握し検証する必要があると考えています。今後は目標達成に向けたプロセスに対してもKPIを設定し、進捗と結果を追いかけてまいります。
 要因の二つ目は、変化するお客さまニーズへの対応が遅れたことです。近年のインナーウェア市場をみると、バストの造形性を優先した機能性以上に、つけごこちや楽さを優先した快適性が重視される傾向にありますが、そのどちらかの要素が満たされていればよいというわけではありません。ワコールの強みを生かした、機能性と快適性を両立させた商品を提案できなかったことは反省点であり、今後の学びとなりました。253月期はワコールの店舗やECサイトに寄せられるお客さまの声を参考にし、ニーズに合った商品の開発を強化します。さらに3D計測サービス「SCANBE(スキャンビー)」を活用し、インナーウェアを買うためだけではなく、ご自身のからだに関心を持っていただくことを入口に、サイズ計測の大切さを知ってもらう機会を増やしていきます。ワコール独自のサービスを通してさまざまな接点を用意することで、インナーウェア選びの基準に多様な選択肢があることを示していくことが重要だと考えています。

中計リバイズの進捗

当社グループが進めている中計リバイズの基本方針は、記載の4点 です。
1収益力の改善に向けたビジネスモデル改革(サプライチェーンマネジメント改革、コスト構造改革、不採算事業の対処)
2「VISION2030」達成に向けた成長戦略(ブランド戦略の見直し、成長市場への注力、企業価値向上に向けた人材育成・組織開発)
ROICマネジメント導入(収益力や戦略の実効性をモニタリング、事業ポートフォリオマネジメント)
4アセットライト化の推進(棚卸資産(在庫)の圧縮、保有不動産の整理、政策保有株式の縮減)
 大前提としてお伝えしたいのは、抜本的なコスト構造改革としてブランド集約や不採算事業への対処なども進めていますが、それは効率化と成長の両輪を持って当社グループが歩めるよう実施している改革であり、決して企業の規模や競争力を小さくするものではありません。お客さま一人ひとりの「自分らしさ」をエンパワーメントする商品とサービスをお届けするためにも、まずは顧客ニーズの変化に迅速・的確に対応できるビジネスモデルを確立することが求められます。そして、コスト構造改革を進めながらブランド力・顧客ロイヤリティ・人財力を高め、「VISION2030」で掲げる『世界のワコールグループ』 としての進化・成長を目指します。

前編本文矢島社長.jpg

社外取締役と濃密な議論を重ねて、中計リバイズを策定

当社グループの社外取締役には、経営者として豊富な知見と経験を有する者や投資・金融資本市場に関する知見・見識を有する者など、多様なスキルを持つメンバーが就任しています(取締役会構成:社内取締役2名、社外取締役5名)。中計リバイズの策定過程においては、社内・社外取締役で構成される「グループ戦略委員会」を設置し、事業戦略や成長投資、保有資産などの重要アジェンダについて、市場や投資家の視点、企業としての存在意義や事業実績など、あらゆる方向から議論を繰り返し、現状の戦略を抜本的に見直しました。また、重要施策として掲げているサプライチェーンマネジメント(以下、SCM)改革、コスト構造改革、成長戦略については関係部門の従業員が中心となって策定しましたが、専門の知見を有する社外取締役やコンサルティング会社にも参加いただき、さまざまな視点からアドバイスをいただいています。
 これまでの当社グループは、資本効率について事業部門まで徹底できていませんでした。「いかに少ない資本で多くの利益を出すか」という点に経営陣やマネジメント層の意識は本来向かうべきですが、想定以上の顧客や流通の変化の速さに対して、既存のSCMの仕組みを進化させてこなかったことが原因となり、在庫が膨れ上がる結果となりました。中計リバイズで掲げたSCM改革では、店頭商品構成の最適化や、需要に合わせた生産方式へのシフトによる在庫水準の抑制・最適化を進めるほか、生産のリードタイムの短縮化を実行します。これは資本効率の改善にも貢献できる施策と考えています。社外取締役の方々に参加いただき、深い議論を行ったことで、妥協のない経営計画が出来上がったと評価しています。

■ビジネスモデル改革

(株)ワコールでは、収益力と資本効率の改善に向け、ビジネスモデル改革(サプライチェーンマネジメント改革、コスト構造改革)と、次の成長を見据えた成長戦略(顧客戦略、ブランド戦略、人財戦略)を実行しています。
 まず、顧客のニーズや市場の変化に迅速に対応できるように、サプライチェーンマネジメントの改革を進めています。特に注力するのは、店舗の商品構成の最適化、需要連動型生産体制の構築、企画開発リードタイムの短縮の3つのプロセス改革であり、これらの実現のために、各部門が全体最適の視点を持ち、連携を強めながら取り組んでいます。
 コスト構造改革については、広告宣伝費や人件費にとどまらず、生産面においても抜本的な見直しを進めています。1つは、縫製工程の見直しです。商品の強度や機能、装飾性は保ちながらも、製造や製品試験、検品などの工程上の無駄を省くことで、コストを削減できると考えています。もう1つは、生産体制の見直しです。20248月に国内工場の集約と再編を発表していますが、将来的な市場セグメントごとの需要予測とブランドポートフォリオ戦略に照らし、国内外の工場の役割を明確化しました。国内では、高価格帯ブランドをはじめ、技術品質や納期、付加価値の観点から国内生産に優位性のあるアイテムの製造に注力し、それ以外の製品は、ベトナムを中心に海外工場での生産比率を増やしていきます。生産事業の効率的な運営を実現するとともに、技術力・生産能率の向上を図り、当社グループの競争優位性をさらに高めてまいります。

■成長戦略

お客さまとの関係づくりについても、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用しながら、深く広く長い関係性の構築に努めていく必要があると考えています。当社グループには、「SCANBE(スキャンビー)」で得られたボディデータや、ワコール人間科学研究開発センターでのこころとからだの研究に加え、店舗やECサイトに寄せられたお客さまの声や購買情報、ビューティーアドバイザー(BA)の接客知見など、多くの情報が蓄積されています。これらのデータを最大限に活用し、よりパーソナライズされた商品・サービスの開発を目指します。
 あわせて、ブランドの在り方も見直していきます。かつてのワコールには数多くのブランドが存在していましたが、それぞれのベネフィットをお客さまへ明確に提示することができていませんでした。今回、ブランドを絞り込み、市場セグメントやお客さまのニーズに応じてポートフォリオを設定し直すことで、提供価値の明確な魅力あふれるブランドを育成し、多様な価値観にお応えしていきます。
 海外事業については、中核戦略としているEC事業の強化に加え、各エリアの特性に応じた商品力の強化に取り組んでおり、今後もその方針を継続していきます。各国ともに、現地法人とのコミュニケーションをより密にしながら、強い連携の下で将来に向けた成長戦略を実行していきます。

■資本効率の改善

当社グループは、資本効率性の改善を図り、筋肉質な経営に転換するために、ROICマネジメントの導入を進めています。253月期は ROICを使ったグループ全体の業績評価や、国内事業におけるROIC ツリーを使った計画策定、業績管理のスリム化に着手しており、次期 中期経営計画(273月期~)から資本効率重視の経営が実現でき るよう、ROIC経営管理の仕組みを整備・強化してまいります。
 アセットライト化の推進では、企業価値向上に寄与しない資産については、整理を進めていきます。現在は中計リバイズで掲げた目標に沿って、在庫の圧縮や政策保有株式の縮減、保有不動産の整理などを順次進めています。


後編につづく