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経営

【後編】提供価値を顧客起点で見直し、魅力あるブランドを育成する~マーケティング改革の現在地~

中期経営計画(リバイズ)では、これからのワコールの提供価値をお客さま一人ひとりの「自分らしさをエンパワーメントする」
ことと定めました。さらなる変革に向けて動き出しているワコールのマーケティング活動の目指す姿とは?

(統合レポート2023より抜粋)

前編についてはコチラ
  • 篠塚 厚子Atsuko Shinoduka

    株式会社ワコールホールディングス 執行役員 グループDXマーケティング担当
    株式会社ワコール 取締役 執行役員 マーケティング本部長
    2005年に(株)ワコール入社。 百貨店担当の営業を経験後、海外のEC事業支援、事業再編やM&Aまた子会社でのブランドマネージャーやMDも担当。 2017年、総合企画室オムニチャネル戦略推進部に異動。2023年4月、(株)ワコール 取締役 執行役員 マーケティング本部長に就任。

  • 杉山 繁和Shigekazu Sugiyama

    (株)ワコール マーケティングアドバイザー
    (SENマーケティング事務所 代表)
    ライオン(株)、日本コカ・コーラ(株)を経て、2009年(株)資生堂に入社。2017年より資生堂ジャパン代表取締役社長。2020年資生堂を退社し、SENマーケティング設立。2022年11月(株)ワコールのマーケティングアドバイザーに就任。

つながりや約束をお客さまが実感できるブランドを育成し、深い信頼関係を築く

―今回のブランド戦略のポイントについて教えてください。

篠塚:私たちのブランドはどういう価値提供ができるのかをより明確にしていくことがブランド戦略の最大のポイントだと思っています。今回初めて市場セグメントを提示したので、アフォーダブルやハイプレミアムといったセグメントに話がいきがちですが、本当に重要なのは提供価値の問題です。さきほど、ブランドの提供価値を明文化したら同じような内容だったとあったのですが、これが一番良くないことです。今後重要になることは、すべてのブランドにおいて提供価値をはっきり明確にして、そのブランドを支持してくださっているお客さまがどういう顧客体験を望むのかをつきつめることです。なかでも今回の「Wacoal」のリブランドがその象徴になると思っています。

―「Wacoal」のリブランドについてはどう進めているのでしょうか?

篠塚:リブランドは昨年から検討を進めていましたが、「Wacoal」とは何なのかが見えないままでした。「Wacoal」ブランドの提供価値は「ゆりかごからゆりいす」と表現される場面も多いのですが、ゆりかごからゆりいすまで「具体的に何を提供するのか」は、よくわかりません。実際に担当しているメンバーからも、さまざまな商品があるが故に「Wacoal」の顔が見えてこない、という悩みを聞いていました。お客さまも、正体がわからないものと関係性を築くのは難しいと思います。杉山さんには「Wacoal」の提供価値について中長期にお客さまと関係性を築くために、という視点でアドバイスをいただけるようお願いして、リブランドに関与いただいています。

杉山:メンバーと議論する中で、そもそもなぜブランディングをしなければならないのかという話にもなりました。事業としては少ない投資で効率的に利益を稼ぎ、それを再投資する、その好循環を作ることが一番いい状態です。ブランドというのは消費者のなかで根付いていくものですから、ブランドが消費者に根付くと、効率よくお客さまとの関係を継続することができます。しかし、ブランドにはゆるぎない価値がないといけないし、シーズンごとに価値が変わったら、お客さまとの長い関係が作れません。「Wacoal」が長い間お客さまと約束できることは何か。インナーウェアには「安心」や「つけごこち」だけではなく、もっと提供できる価値があるのではないか。そんな視点で、ブランドが提供する価値とは何かという議論をしっかりしましょうとお伝えしています。

後編篠塚さん.JPG

―また、顧客戦略については、DXがポイントになっていますね。

篠塚:中計リバイズでは、お客さまの価値観の多様化に応える企業体に進化するため、これからの当社の提供価値を「お客さまひとりひとりの自分らしさをエンパワーメントする」ことと定義しました。今後、お客さまそれぞれに対して最適な顧客体験を提供してまいりますが、その鍵は、デジタルがにぎっています。デジタルとパーソナライズはとても密接な関係にあるもので、ワコールが一人ひとりの自分らしさをエンパワーメントすることを目指す時には、デジタルを活用することがかなり有効だと考えているからです。
 ワコールの人間科学研究開発センターの約60年にわたる歴史の中で蓄積した体型データや、3D計測サービスを通じた顧客データの保有は確かに当社の強みではありますが、一方で、データは何かに使って初めて価値となるものです。そういった点では、お客さまの声や、店頭で毎日お客さまと接しているビューティーアドバイザーの声を十分に活かしきれていないと感じています。今までだったらかき消されていたかもしれない小さな声を拾い上げたり、今まであった物理的な制約や、時間的な制約を取り払えるデジタルの強みを活かして、お客さまが解決したいと思っているニーズやインサイトを汲み取ることができれば、もっと面白くて魅力的な提案ができると感じています。新たな価値の提案によって、インナーウェアのマーケット自体をもっとエキサイティングなものとして活性化していくことは、ワコールの重要な使命でもあると考えています。

これからのワコールに必要なのは、「意識」と「仕組み」の改革

―ワコールが力強い成長軌道に戻すために必要なことは何でしょうか?

篠塚:人材活用と育成です。例えば、マーケティング本部では今期から、次世代のリーダー候補である主任クラスのメンバーを集めた横断型のプロジェクトをスタートしています。ここにも、杉山さんに大きく関わっていただいています。

杉山:プロジェクトのメンバーの皆さんはそれぞれ課題認識を持っており、課題解決に向けたボトルネックも理解しています。ただ、ディスカッションが始まった当初は、そのボトルネックを取り除くのは自分の仕事ではない、というスタンスでした。「私の領域はここまで。壁がなくなればもっとうまくいくと思うけど、壁を壊すのは自分の役割でない」と考える癖は、ワコールで変えなければならないカルチャーのひとつです。そこで私からも、篠塚さんからも「誰がやるの?ほかにやる人はいないんだよ」と発破をかけていきました。すると、だんだん意識が変わってきましたね。

篠塚:マーケティング戦略提案にも変化が生まれています。これまでの市場調査や消費者調査については、分析した結果を提示するまでがマーケティング部門の役割になっていたと思いますが、今回から、分析の結果はこうなっているからブランド戦略をもっとこうすべきだ、という主体的な提案に変わりました。私たちがブランドの方向性を決めるんだという覚悟をもった提案ができていると思います。

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―自分たちで作っていくという意識ですね。

杉山:ワコールには、力強くエキサイティングな価値を作っていくための“強み”も“人材”もそろっています。あとは、スピード感をもって「自分がやってやるんだ」という意識が重要だと思います。

―篠塚さんはどういう形でこれからのワコールの価値づくりを実現していきたいですか?

篠塚:今回の中計リバイズでは「自分らしさをエンパワーメントする」を提供価値の主軸におくと決めたのですが、これはお客さまに対してだけではなくて、従業員のことも対象だと思っています。従業員一人ひとりが自分の強みを最大限出せてこそ、会社としてもいいパフォーマンスにつながり、お客さまにとってよい価値が提供できます。今まで力を発揮できる環境だったのかと考えると、反省するところがありますが、これから改善できることがたくさんあると前向きに捉えてもいます。業績が厳しい今だからこそ、新しい芽が生まれやすいと思っています。
 杉山さんから指摘されたことなのですが、ワコールではいろいろな会議で決まったことを現場に“落とし込む”という言葉がよく出てきます。ですが、今は“落とし込む”時代ではなく“吸い上げる”時代。変化の時代では、トップダウンだけでは遅いんです。ワコールをよくするためのヒントは現場にあります。現場の声や対応を吸い上げる仕組み、現場の自律を促すプロセスをデジタルも活用して整えていきます。今まで現場であがっていても届かなかった小さな声や、そもそも声にもなっていなかったような秘めた想いも大事にすることで、お客さまも私たち自身も、エンパワーメントする商品やサービスをワコール全員でつくっていきたいと思います。

おわり